(写真提供:Photo AC)
厚生労働省が公表する「令和4年衛生行政報告例(就業医療関係者)の概況」によると、全国で就業する准看護師・看護師・助産師の数は、令和4年末時点で約160万人だったそう。「病院勤務ってどんな仕事?」「どうやって技術を磨いていくの?」など、看護師の仕事についてあまりよく知らない…という方もいるのではないでしょうか。医師で作家の松永正訓先生が看護師・千里さん(仮名)の実話を元に、仕事内容や舞台裏をまとめた書籍『看護師の正体-医師に怒り、患者に尽くし、同僚と張り合う』から、看護師のリアルな舞台裏を一部お届けします。

ベッド移動

千里が朝、出勤すると病棟に師長がいた。師長は何やらウキウキ顔である。

(あ、これはベッド移動だな)

千里はピンと来た。ということは、昨夜に個室の誰かが亡くなったということだ。先輩に聞いてみると芹沢さんだと言われた。そうか……しかたないよね。もう危なかったからね。

深夜勤の看護師との引き継ぎが終わると、師長はポンポンと手を叩いてみんなを集めた。

「はい、ベッド移動です。みんな集まって」

個室に入っている患者は(一部の例外を除き)、みんな重度の病気である。だが、その重さにも少し差がある。ターミナルに近い患者、目を離せない患者は、少しでもナースステーションの近くの部屋に入れたい。

また、一時は危ないと思っても持ち直した患者は、必ずしも近くでなくてもいい。そこで一人患者が亡くなると、スライドパズルを動かすようにベッド移動(患者移動)をするのである。

たいていは、3人から4人の患者を一斉に動かすことになる。まず大事なことは、どの患者が最も重症でナースステーションの近くに置くべきかという判断。そして次に大事なのは、どういう手順でベッドを動かしていくかという戦略である。

ふだん病棟にいない師長は、なぜか患者の重症度をものすごくよく理解していた。そしてベッド移動の指揮を執ることが大好きだった。大好きというのは、師長が嬉々として指示を出すので、千里はそう思っているのだ。