松本幸四郎さんの直筆
「いま考えると、『連獅子』前と『連獅子』後と、人生を分けてもいいくらい、大きな、大きな役だった」(松本幸四郎さん)

 

幸四郎 親獅子と仔獅子の動きをぴったり合わせるのはなかなか難しい。どうしても間を詰めてしまうところがあるから、「もっとゆったりと」なんてアドバイスしたこともあったかな。体全体に力を入れれば力強い獅子に見えるかというと、そうではないし。

染五郎 その日、その日の舞台を、自分自身でも噛みしめて反省しました。

幸四郎 初めて演じる時の緊張はもちろんあるけれど、実は二度目がすごく難しいんだ。僕も、正直言って、他人事じゃないという気持ちだったよ(笑)。高知での公演を除けば親獅子を演じたのは南座が初めてで、歌舞伎座が二度目だったのだから。

それまでは自分が仔獅子で、親の背中を見る立場だったから、「追いつけ、追い越せ」と勝負を挑む相手が目の前にいたんだ。でも、初めて親獅子を演じて、前に誰もいないことにすごく戸惑いを感じたね。

染五郎 確かに仔獅子は、舞台の上で親獅子の背中を見ることができます。親獅子が一人で踊る間、仔獅子は少し離れたところに座っているから。そこは勉強の時間だと思って見ています。

幸四郎 仔獅子は、とにかく体を使って大きく踊る。それを受け止めるのが親獅子。親獅子は小さく縮まったり大きく伸びたりする踊り方ではないとはいえ、親としての存在感を示すためには小さい動きでも大きく見せなくてはいけない。

それが親の“ゆとり”というものなのだと思っているけれど、どう踊り、どう消化するかを考えた。『連獅子』を“すごいものにする”ということを目標に、「ここで満足してはいけない。明日こそ、明日こそ」と思って勤めた1ヵ月間だったよ。