メモを見て悲しくなった
翌日は、仕事の時間を調整して3時のおやつを持ってホームに行った。トイレの手すりにトランクスが1枚かかっているのを見つけ、私は父に訊ねた。
「あ、濡れちゃった?」
「そうかもしれないけど忘れた」
バケツに酸素系の漂白剤を入れて除菌してから、洗濯物籠にいれなければならない。少しずつ粗相の回数が増えているのは、年齢的に仕方ないことだ。別に責めているわけではないのに、父は負けじと言い返す。
「この歳までオムツを使わず、自分で歩いてトイレに行って、俺は子ども孝行な親だ。一人しかいない親に文句を言うな」
文句を言っているのではなく、トランクスを濡らしたかどうか聞いただけだ。変に頭の回転がいいところがある父は、このように切り返してくる。家で世話をしなくなって随分介護は軽減されているのに、心にうまく寄り添ってあげられなくて苦しくなる。
父の携帯の履歴を見た。発信も着信も私の名前が並んでいる。横で父が携帯の画面を見て言った。
「友達はみんな亡くなった。電話できるのはおまえだけだ。履歴を全部削除してくれ。履歴が残っているとそれを押してかけてしまうから」
切ない気持ちを抑えて、私は淡々と通話履歴を削除し、ベッドサイドのテーブルの上に携帯を置いた。その時、テーブルにあるメモに目をやって、書かれていた言葉に胸が詰まった。
「久美子多忙 TELしないこと」
(つづく)
【漫画版オーマイ・ダッド!父がだんだん壊れていく】第一話はこちら