絵と子ども親の背中を見て
母にとって、家事は大いなる気分転換であったようです。忙しい合間をぬって、家事をちゃちゃっと片づける手際はよかった。
ですけどね、ハマる人なんですよ。たとえば、ロクの寝床に敷く布をパッチワークと刺し子で何枚も作ったり、人形作りに凝ったり。
料理では、ホットケーキでもカステラでもなく、パウンドケーキに凝ったことがありました。ハマると毎日のように焼くのですが、工夫を重ねたりはせず、クオリティが上がる感じはないんです(笑)。母には「細かいことにこだわらない家事」が、ストレス解消だったんでしょうね。
困ったのが、モノを捨てちゃう人だったこと。学校から帰って部屋に入ると、僕は真っ先にゴミ箱に直行しました。すると彼女の目についた、僕が道で見つけた「素敵なモノ」とか、決して壊れてはいないおもちゃとか、男子にとっての宝物が必ず捨ててある。毎日、何かしら《救出》して、そのたびに反抗期男子はガーガー文句を言っていました。
僕が高校に入ってすぐ「芸大に行く」と言っても、そのあと3浪しても、母は何も言いませんでした。父は、中学・高校の間は静かにしていましたが、いよいよ息子が自分と同じ舞台に上がろうとし始めた段階で、何かとうるさく言ってくるようになりました。
20代の息子と40代後半のおじさんが壮絶な言い合いを始めると、母は決まってスーッといなくなりましたね。この頃には、ドアのついた母の書斎ができていましたから。
僕は東京造形大学に進みました。今は高校で美術の授業をしたり、教員を目指す大学生に「子どもの造形表現とどう付き合うべきか」を教えたり、自宅で子どもたちと絵を描いたりしています。保育園で育ち、周りに子どもたちがいることが当たり前だったので、絵をやりながらどこかで必ず子どもたちと繋がっている、そんな人生になっています。