憧れの作家のサイン会
富岡初の戯曲「結婚記念日」が千田是也演出で上演されると、初日に六本木の俳優座まで足を運んだ。河内(こうち)桃子扮する母親が35年連れ添った夫に先立たれ、無邪気に実の2人の娘たちの夫を次々誘惑して、結婚を繰り返す物語である。装置が高松次郎で、音楽は一柳慧。当時の入場料はA1300円、B1000円、学割800円で、現在の5分の1くらいだろうか。
「岩崎加根子が富岡さんらしき娘をやっていましたね。その夫役が磯部勉。芝居が終わると、富岡さんと菅さんと白石(かずこ)さんがロビーにいて、3人が並んで夜の街に消えていくのを見ました。ファッショナブルで、カッコよかったですよ。白いスーツを着た菅木志雄さんも、超カッコよかった。ちょうど『青春絶望音頭』の表紙カバーの折り返しに写っている荻窪の家に住んでおられたころで、荻窪に住む友人に会いに行ったときにお家を探したんですよ。そうしたら、富岡さんが自宅のほうから早足で歩いてきて。スラッとして、歩くのが速かったです。まるでストーカーですが、あのころは、個人情報保護法もなかったので、新聞に作家の転居先とかも細かく載っていたんです」
全詩を集めた函入りの厚い『富岡多恵子詩集』刊行記念のサイン会が行われたときには、池袋にあった詩の専門店「ぱるこ・ぱろうる」でドキドキしながら、憧れのひとと対面できた。前年の72年にエッセイ集『わたしのオンナ革命』が出て、富岡人気が沸騰していたころである。
「私が、『青春絶望音頭』が絶版になってることを言うと、富岡さんはうつむいたままポツンと、あんなええ本ないのになぁと呟きながら、サインしてくださいました。私が富岡さんの好きな美少年だったら顔を見てもらえたかもしれませんね。富岡さんは写真映りがあんまりよくない方で、スラリとした立ち姿といい、森茉莉が書いてたように首が長くて美しくて、実物のほうがずっと素敵でした。あとになって角川文庫から『青春絶望音頭』が出たときは何冊も買ったのにみんなひとに配って、今は手元に初版のレモン新書しかありません」