罵声を見事に止める介護職員のキャリアは…

この病院には看護師と介護職員がいた。洗濯物をたたむ、患者の身の回りを整える、着替えをさせるなどは、介護職員が行い、年配の人も活躍していた。

その介護職員の中に、60代に見える不思議な人がいた。罵声の患者が、その介護職員だと静かになり、昔から親しかったように話しているのである。彼女は罵声の患者と話しながら、着替えをさせたりしていた。

ある時、私は母のパジャマに食事のシミを見つけ、着替えさせようとした。すると、その彼女が、「明日、私がお母さんの担当だから、着替えさせるわ。お母さんは穏やかね。いろいろ耐えて、苦労してきたのね」と言われた。

「私の兄は統合失調症で、父は難病でした。父の難病と借金が分かると、父の愛人は逃げ、母は父の介護をしていました。母は忍耐の人です」と、私は告げた。

「いろいろな人を見てきたから、分かるわ。若い時から、ずっと違う仕事をしてきたから、人を見る目はあるのよ」と、彼女は言うのだ。

「何の仕事をしてきたのですか?」と、私は聞いた。

「ずっとクラブでホステスをしてきたわ。それから、自分で小さな居酒屋やスナックをやってきた。夜の仕事が体にきつくなって、この病院で昼間の勤めを始めたの」と言うではないか。「ホステスさんですか。すごいじゃないですか」と、私は驚いた。

イメージ(写真提供:Photo AC)

「良いお客さんもいたけど、嫌なお客さんも多かった。有名な会社にいることや役職を自慢して威張る人、部下を皆の前で罵倒して偉さを見せつける人、泥酔して絡む人、ホステスはお金を払えば何でも言うことをきくと思っている人、そんなお客さんに比べれば、ここにいる認知症の患者さんのお世話は、私には楽なのよ」と、彼女は答えた。何人かで来店した時は、一瞬にして一番地位が上の人は誰かを見極める能力も、身につけなければならなかった。それに失敗すると、嫌味を言われたり、辛く当たられたりした。

スナックや居酒屋の経営をしている時は、お客同士の喧嘩の仲裁、お金を踏み倒されるなど、様々な事件があったそうだ。

彼女は、「患者さんたちは、いろいろな人生を経て、ここにいる。私は患者さんたちを人生の先輩として尊敬しているわ。実の親だったらそうは思わないかもしれないけどね」と言った。

罵声をあびせる患者は、笑顔で彼女の話を聞いていた。私がはじめて見たその笑顔は、可愛らしかった。

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