「交換家事」で浮かぶ家族の謎
物語のなかで、嫁の立場の二人が「交換家事」をして、互いの姑の世話をする場面があります。これは昔、私が高校で家庭科の教師をしていた時の経験がきっかけになりました。
老人ホームで高齢者と一緒に過ごす課外授業をした後のレポートで、ある生徒が「よそのおばあさんには親切にできるのに、なぜ祖母にはできないのだろう」と書いていた。幼い頃、私も祖父母と同居していたので、その気持ちがよくわかりました。他人だから、その時だけだから、できることってあるんですよね。
日本では「家族が面倒をみるのが当たり前」というように、感情と行動をセットにする傾向が強いけれど、その二つは分けたほうがうまくいくこともあると思うのです。
よその人が食事を作ってくれたり、介護してくれたら、自然に「ありがとう」が出てくる。する側も、そう言われて嬉しく思ったり、優しくなれたりもします。
他人にはそうやって一人の人間として対峙できるのに、家族だとその役割でお互いを見て、理解した気になる。以前、実家の近所の葬儀場で出棺の際に故人が好きだった曲を流してくれるらしい、という話題になったことがあって。
妹と「お父さんは北島三郎の『風雪ながれ旅』で、お母さんは加藤登紀子の『百万本のバラ』かな」と話したんです。でも、本人たちに確認したら全然違ってた。(笑)