あなたは「タブレット純」を知っていますか?《ムード歌謡漫談》という新ジャンルを確立しリサイタルのチケットは秒殺。テレビ・ラジオ出演、新聞連載などレギュラー多数、浅草・東洋館や「笑点」にも出演する歌手であり歌謡漫談家、歌謡曲研究家でもあります。圧倒的な存在感で、いま最も気になる【タブレット純】さん初の自伝本『ムクの祈り タブレット純自伝』より一部を抜粋して紹介します。
古本屋の終焉
ついに、古本屋が潰れることになった。
高校を出てその年の冬から、八王子から3つ先の相原という古ぼけた駅近くの小さなお店でバイトを始め、もう8年もの月日が流れていた。
社会に交われないぼくにとって、唯一の避難場所、というか雨宿りのような暗がり。トランジスタラジオだけを生きる糧に、レジ室の洞穴だけが、ぼくの「社会人」としての幽かな居場所だった。
ここが無くなることは、つまり野良犬になるということに等しい。野良犬。
この古本屋に来た時から、ぼくは1匹の犬と自分を重ね合わせることが多くなっていた。幼少の頃、いつも遠くからぼくを見ていたムク。
薄汚れた毛と生え変わった毛をいつもまばらに散りばめたような印象のその犬は、我が家の飼い犬だった。
近づくと激しく吠えるけれど、家の窓越しに目が合う時は、寂しそうな黒目をシュンと照らしていた。
悲しいかな、ムクのことを家族はみな持て余していたように思う。少なくともぼくは怖くて近づくことができなかった。
「ムクのいえ」と、マジックインキのよれた文字を沁みつかせたその小屋を、父が日曜大工であくせく拵(こしら)えた昼下がりもぼんやり思い出すことができるけれど、そんなゆるい団欒ほどには、ムクを手放しに可愛がれていなかった。