野良犬になったムク
そして、ムクは手離され、野良犬になったのだ。
表向きの理由は、「引越し先に庭がない」というものだった。あとはきっと「重たくのしかかったローン」。
当時一家は、父の勤める建築会社の資材置き場にあるバラックのような掘立て小屋に暮らしていたのだが、しかし転居先にも、例えば納屋の片隅にだってその居場所はつくれたような。新居の傍らで罪悪感が、家族にぽっかり影を落とした。
あの洞穴のような眼差しは、きっと将来捨てられるであろう未来を予見していたのではないか。
ぼくもこの古本屋で、ここを安住の地として一生やり過ごすことができるとは、心の奥では思っていなかったように思う。
いつかは冷たい世間の荒波に放たれるような予感。そんな不安が、ぼくとムクの遅すぎる友情を育んでいた。
この犬小屋のようなレジ室で指先を汚しつつ、ムクへの贖罪の念を、古本の白茶けた「天」や「小口」のヤスリ掛けに日々溶かしながら……。