名作中の名作

ーーシネマ歌舞伎20周年記念となる《月イチ歌舞伎》2025の上映1作目となる『野田版 鼠小僧』のあらすじはこうだ――江戸の町では鼠小僧の芝居が大人気。見物客の勘三郎さん演じる棺桶屋三太はずる賢く「人に施しをすると死ぬ」というくらい金稼ぎに励んでいる。実の兄が死んでも棺桶屋の出番と喜び、遺産があると聞いて大はしゃぎする。ところが遺産は善人と評判の與吉(よきち)が相続することに。他人に渡してなるものかと三太は、兄の死体の替わりに棺桶の中へ忍び込む。ひょんなことから三太は宗旨変えをするも、白洲にひきたてられ……。三太と、鶴松さん演じる與吉の子どもさん太の2人が浮かび上がらせる世の醜さは現代に通じる。

『鼠小僧』は、本当に名作中の名作だと僕は思っています。お芝居にはいろいろな面白さがあります。ヒーローがひたすら格好よかったり、派手な立ち回りや照明の効果でエンターテインメント性にすぐれていたり。それらに対して、『鼠小僧』は、派手な演出はないセリフ劇です。そのような演劇の素晴らしさを実感させてくれます。最初は笑いたっぷりの喜劇ですが、中盤から変わってくる。そして、三太と純真無垢なさん太という2人の「サンタ」が雪降りしきる中で迎えるフィナーレ。演劇としての完成度がすばらしく高く、最後のシーンには深いメッセージがあります。屋根の上で死にゆく三太のセリフ、「おめえのやってることは、きっと誰かが見てるんだよ」はずっと僕の心に残っていて、悲しいことやつらいことがあった時には思い出して、頑張らなくてはと今でも思います。できるかできないかは別として、いつか三太を演じてみたいという気持ちは持っています。最後のシーンだけやりたい。あの台詞を言いたいですね。(笑)

『野田版 鼠小僧』について笑顔で語る中村鶴松さん
シネマ歌舞伎20周年の舞台挨拶に臨んだ中村鶴松さん(撮影:筆者)

出演者は中村屋ファミリー。坂東三津五郎さん(享年59)、中村福助さんら勘三郎さんが小さい頃から一緒に舞台に立ってきた人たち。だからこそ出せる「濃密な空気感」にあふれています。歌舞伎役者が演じる喜劇ですが、締めるところはちゃんと歌舞伎で締めている。台本の素晴らしさ、勤める役者の素晴らしさを痛感します。

このお芝居で子どもながらに覚えていることがあります。屋根の上の立ち回りシーンや三津五郎さん演じる大岡越前の白洲裁きのシーンに、「名題下さん」と呼ばれる人たちが大勢出てきます。「名題下さん」は、一般家庭や研修所を出て歌舞伎役者になり、大部屋の楽屋にいる人たち。舞台に出てもセリフがないことも多いですし、師匠の付き人や後見(舞台上で俳優の演技のサポートをする役割)をしているんです。時には「名題下さん」は舞台の背景になることに徹しろ、などと言われることもあるんです。ただそこにいるだけでいい、動いちゃいけないと。

そのような人たちが『鼠小僧』の出演シーンでは、みんな生き生きと目を輝かせていたのが鮮明に心に残っています。群衆の1人だとしても常に心が動いて自由にやっていいという勘三郎さんの精神や野田さんの教えがあったからではないでしょうか。