「入院待ちなの」
帰り支度をしていた施設長の吉永清美さんに尋ねてみた。
「あれ、どうにかならないの」
「すごいでしょう。息が詰まるでしょう」
「たまらない」
「入院待ちなの。ベッドが空くのを待っているところなの」
「ホールでは臭わないの」
「冷房が効いているから。でも上村さんがときどき鼻をしかめるんですよ」
ケアマネジャーの田中真奈美さんも、「あんなひどいのは初めて見た」と言っていた。
イレズミ男の上村辰夫さんや元社長の森山栄二さんがいた吹上町のグループホームでのことだった。
しばらくして樋口さんは入院した。
彼女が居なくなった部屋のすがすがしさ。
でもその部屋で深呼吸をする気にはなれなかった。
2カ月ほどして樋口さんが退院してきたとき褥瘡はきれいに治っていた。
どこに褥瘡があったのか分からないほどきれいに治っていた。
あのときはさすがに医療の力はすごいと思った。
ケアマネジャーの田中さんが、「よかったねー、よかったねー」と何回も言っていた。
わたしが驚いたことがもうひとつあった。
樋口さんの表情がおだやかになっていたのだった。
やさしい表情になっていたのだった。
しかし、その表情は10日もしないうちに消えてしまった。