頭がうな垂れて
樋口フジ子さん、84歳。
椅子に座っているとき、いつもうつむいている。
テーブルに着くと小柄であることもあり、顔はほとんどテーブルにくっついていた。首の筋肉が衰え頭の重さを支えることができないのだ。
頸椎もうつむいたままの形で固まり始めていたのだった。
施設長の吉永清美さんが樋口さんの頭を持ちあげて怒る。
「なんで、頭をあげないの。そんなことしているから食事ができないんでしょう」
施設長が手を離したとたん、樋口さんの頭はガクンと前にうな垂れてしまう。
「この人、ヒモで頭を引っぱっておくしかないわ」と、施設長は怒る。
そういう施設長の顔は、わたしが嫌いなものだった。
「ここに来たころは元気だったのにね」
わたしが知らない2年ほど前の話である。
「歩行器じゃないのよ。杖で歩いていたのよ。勝手に伊藤ミネさんの部屋に行ってふたりでお茶会などやっていたのよ」
「樋口さん、歩いていたの」
わたしが話しかけても、樋口さんはうつむいたまま黙っている。
「言うこと聞かないから、こうなるんでしょ」