高齢化が進む日本では、介護人材が不足しています。2022年度の介護職員の数は215万人ですが、厚生労働省は2026年度には240万人の介護職員が必要だと推計しています。『メータ―検針員テゲテゲ日記』の著者、川島徹さんは検針員生活の後、10年間老人ホームで夜勤者として働きました。その経験から、「老人ホームは人生最後の物語の場」と語ります。そこで今回は、川島さんの著書『家族は知らない真夜中の老人ホーム』から、一部引用、再編集してお届けします。
帰宅後も蘇るほどの異臭
その部屋に入ると異臭がした。
思わず口元を塞ぎたくなる臭いで、それは家に帰ってからふと鼻先に蘇ってくるほど濃厚なものだった。食事時だと箸を持つ手が止まってしまうというものだった。
樋口フジ子さんの褥瘡の臭いだった。
自力で寝返りができず、いつも仰臥位のままなので圧迫されている腰の血流が滞り、それが原因で傷ができ腐っているのだ。
それにしても異様な臭い。
この人が死んだとき、この体はいったいどれだけの臭いを放つのだろうと思うと恐いものがあった。
本人はなんともないのだろうかと思いながら掛け布団をめくる。
「起きとったの。ガーゼを替えようか」
わたしの気配に軽く目を開けた樋口さんは、「はい」と言った。
痩せた小さな体を窓向きにして、パジャマのズボンをずらす。
お尻の仙骨の所にガーゼが張りつけられている。
さらに濃厚な臭いに息を潜める。