トイレかテレビだけ
イレズミ男の上村さんが言ったことがあった。
「ここは刑務所よりひどい」
その言葉を何回か聞いたことがあり、実感のこもった言葉に、彼は本当に刑務所に入っていたのではないかと思ったほどだった。
なんの介助も必要のない彼でさえ何かを取りに2階の居室に行くときは断っていた。彼でさえ自由に動けるのはトイレか、テレビの前のソファに移動するときくらいだった。
上村さんはおもしろいことを言うと思った。
が、独り言をぶつぶつ言う永山文江さんが、あるとき「ここに一日中、座っているのもつらいものがありますよ」と言ったことがあった。
はっ、とした。
イレズミ男の上村さんは出任せを言ったのではなかったのだ。
※本稿は、『家族は知らない真夜中の老人ホーム』(祥伝社)の一部を再編集したものです。登場する人物および施設名はすべて仮名としています。個人を特定されないよう、記述の本質を損なわない範囲で性別・職業・年齢などを改変してあります。
『家族は知らない真夜中の老人ホーム』(著:川島 徹/祥伝社)
10年間働いてきた介護の現場をそのまま書いた記録。明日は我が身か、我が親か⁈入居者のなかには「死にたい」とつぶやく女性も、元歯科医も、元社長もいた。イレズミを入れた男性は「ここは刑務所よりひどい」と断言した。老人ホーム、そこは人生最後の物語の場である。この本では、著者が夜勤者として見た介護の現場が記されている。みんなが寝静まった真夜中に、どんな物語があっただろうか