トイレかテレビだけ

イレズミ男の上村さんが言ったことがあった。

「ここは刑務所よりひどい」

その言葉を何回か聞いたことがあり、実感のこもった言葉に、彼は本当に刑務所に入っていたのではないかと思ったほどだった。

なんの介助も必要のない彼でさえ何かを取りに2階の居室に行くときは断っていた。彼でさえ自由に動けるのはトイレか、テレビの前のソファに移動するときくらいだった。

上村さんはおもしろいことを言うと思った。

が、独り言をぶつぶつ言う永山文江さんが、あるとき「ここに一日中、座っているのもつらいものがありますよ」と言ったことがあった。

はっ、とした。

イレズミ男の上村さんは出任せを言ったのではなかったのだ。

※本稿は、『家族は知らない真夜中の老人ホーム』(祥伝社)の一部を再編集したものです。登場する人物および施設名はすべて仮名としています。個人を特定されないよう、記述の本質を損なわない範囲で性別・職業・年齢などを改変してあります。

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70代女ひとり、母の介護施設を振り返る。罵声をあびせる認知症患者と穏やかに話す介護職員。彼女は元ホステスだった

『家族は知らない真夜中の老人ホーム』(著:川島 徹/祥伝社)

10年間働いてきた介護の現場をそのまま書いた記録。明日は我が身か、我が親か⁈入居者のなかには「死にたい」とつぶやく女性も、元歯科医も、元社長もいた。イレズミを入れた男性は「ここは刑務所よりひどい」と断言した。老人ホーム、そこは人生最後の物語の場である。この本では、著者が夜勤者として見た介護の現場が記されている。みんなが寝静まった真夜中に、どんな物語があっただろうか