再び事件勃発
そして来店予定の日。売り場では、販売員が緊張してAさんを待っていました。うっかりした対応をすると、どんなことを言われるか分からなかったからです。
対応は、売り場の責任者がすることに決めました。でもその日、結局Aさんは見えません。
そしてAさんは、この3日後に突然、来店したのです。もちろん1人で、です。不思議なことに、その日はたいへん機嫌よく話をされました。出来あがった指輪を受け取り、婚約者のぶんはフランスの彼の元に送って、自分の誕生日に日本とフランスで同時に指にはめるのだ、と言っていました。
販売員は丁寧に説明をしたうえで、箱に入れ、保証書を同封して、個別の袋に男性・
女性の見分けがつくようにしてお渡ししました。これで完了、のはず……。
ところが2週間ほどして、事件が発生したのです。
フランスの彼に送ったほうは女性物で、手元に残ったほうが男性物だ、という苦情の電話がAさんからありました。
Aさんは、すでに狂乱気味です。
「せっかく楽しみにして、私の誕生日に離れている2人が同時に封を開けて、お祝いをする予定で送ったのに、台無しじゃないの。最初から2人で指輪を取りに行けるわけがないのに、いつも『お2人で』と言うし、この気持ちをどうしてくれるの。これからどうするか、そちらで考えて夜9時に電話をください」
Aさんは一方的にまくしたてます。原因を確認していくと、どうやら「そちらが保証書の入れ間違いをした」とのこと。Aさんは自分のものも開封することなく、大切にしたまではよかったのですが、紙袋の中にある保証書を信じ、男性物の保証書入り女性用の指輪をフランスに送ってしまったという次第です。
販売側は、「そんな間違いはしない」と言います。しかし、ここではお客様を信じてよいと、私は判断しました。なぜなら、そんな間違いを故意に起こしてお客様が得になることはないのですから。
係長も販売員も、課長でさえ疑っておりましたが、私はピシャッと言い切りました。「お客様を信じよう」と。たとえそれが彼女の手違いであっても、証明ができないのならば、百貨店としては対応すべきなのです。