悪質な手口
そして3か月後、対決のときが訪れます。問題となったのは、『徳川家康』の単行本、全26巻、山岡荘八著の棚です。ご存じないかもしれませんが、棚の本と同じ物はその下の引き出しに入れて在庫とすることが多く、仕事の簡略化をしています。しかも、『徳川家康』のように26巻もあるものはめずらしく、1から3巻くらいまでは2冊展示し、仮に1巻が売れても、同じ1巻が残るよう品だしをし、その他は各巻1冊ずつ並べる書店が多いようです。
カスハラの手口は以下の通りでした。来店し、担当が若い女性と見ると、2巻のうち1冊を他の棚に移動して、しばらく様子を見ます。そして担当者が離れた隙に、もう1冊を分かりづらいところに隠したうえで、在庫の引き出しを開け、在庫のないことを確認してから、その女性に訊ねるのです。
「山岡荘八の徳川家康の単行本で、2巻を探しています。出張で時間がないのですが」「はいこちらにあります」と女性社員は答えるが、あるべき場所にない。慌てて「少々お待ちください」と声をかけ探します。男は素知らぬ顔で別の棚の単行本を見ています。担当の女性は、30分前は2冊あったのだからと思い、探し回ります。10分もした頃、「ないのかな、電車が1本出てしまったから、探してください」と急かします。しかしどうしてもない。同僚も探してくれたがない。
そこで「もう待てない」と言って、「どうしてくれるんだ。20分以上待たされた挙句ありませんはないだろう、通常どんな管理をしているのか、あんたの責任で俺が帰社の電車に乗れない可能性が出た。これも大変なことだよ。相手の企業に迷惑がかかる、どうしてくれる。大きな商談で、それが決裂したら大被害だ、この書店に責任を取ってもらうことになる」と、つじつまの合わない無関係のことを言い出し、焦って理解できない女性社員を、人目もある書籍の棚前で吊るし上げます。「どうしてくれる」を繰り返すうちに、社員が涙目になっても、攻めを緩めません。
この光景を見て、他の社員が店長に救いを求めました。店長がそこまで行き声をかけます。「誰だあんたは」と言われ店長が名乗ると、「あんたは関係ないだろう、この女が『ないものをあると言って引き留め、結果なかった』ことをどう対処してくれるのか。対処出来るなら聞こう」と、そこでも圧力をかけます。