(写真提供:Photo AC)
2023年に甲状腺がんと診断された永寿総合病院 がん診療支援・緩和ケアセンター長の廣橋猛先生は「がんの緩和ケア医療を専門とし、医師として患者に正面から向き合ってきたが、いざ自身ががん患者になると戸惑うことが多くあった」と話します。そこで今回は、廣橋先生の著書『緩和ケア医師ががん患者になってわかった 「生きる」ためのがんとの付き合い方』から一部を抜粋し、がん患者やその家族が<がんと付き合っていくために必要な知識>をお届けします。

なにげない日常から突然に人生は変わる

その日は小雨が降り、曇り空が広がっていました。

いつもの朝と同じように、入院されているがん患者さんたちの回診を終えてから、緩和ケア病棟で電子カルテが並ぶナースステーションの椅子に座りました。

リーダー看護師の川上さんが、待ち構えていたように私に声をかけてきます。川上さんは緩和ケア病棟に配属されて5年以上の経験を持つ、頼れる看護師です。彼女から患者さんについての申し送りと、患者さんの治療やケアの内容についての相談を受けます。

「903号室の佐藤さん、痛みにレスキュー(持続痛治療)を使う頻度が増えています」

「うん、佐藤さんは痛みが悪化しているから、ナルベイン(医療用麻薬の注射)増やそうか」

「906号室の渡辺さん、家に帰れるか不安みたいです。……お話聞いてもらえますか」

「帰りたい気持ちはあるけれど、病院にいる方が安心だって言うんだよね。症状が落ち着いているいまが退院するチャンスだから、あとでじっくり相談してみるよ」