中園脚本の緻密さと深さ
朝ドラ史上に残る名作になるのではないか。放送中のNHK連続テレビ小説『あんぱん』のことである。
脚本を書いている中園ミホ氏(65)はドラマ界の栄誉である向田邦子賞と橋田賞のダブル受賞者。この作品も緻密で奥行きがあり、それを技巧派が揃ったキャストが正確に読み取っている。
中園脚本の緻密さと深さが鮮明になった一例は第11回と12回である。
時代は第10回までの1927年から1935年に移り、今田美桜(28)が演じるヒロイン・朝田のぶ(幼少期・永瀬ゆずな)は8歳の小学校2年生から16歳の高等女学校5年生になっていた。現在の学制だと高校2年生である。
北村匠海(27)が扮する柳井嵩(幼少期・木村優来)は小学校の同級生なので、やはり16歳。旧制中学5年生になっていた。嵩の2歳下の弟・千尋(中沢元紀)は14歳の同中学3年生になった。
成長したこの3人の姿は第10回の最終盤で駆け足で紹介されたが、いじめっ子だった田川岩男(濱尾ノリタカ)ら周辺の人物のお披露目はまだだった。そこで中園氏が用意したのが、町内のお祭りとそのイベントのパン食い競走である。
この設定により、8年が経過した岩男らをひとまとめに見せられた。岩男は相変わらず粗野だ。のぶの2歳下の妹・蘭子(河合優実、幼少期・吉川さくら)、同じく4歳下のメイコ(原菜乃華、幼少期・永谷咲笑)は既に短く登場していたものの、パン食い競走の手伝いをさせることで、しっかりと紹介できた。
朝ドラにおいて子役を俳優にスムーズに交代させるのはそう簡単ではない。それぞれの人物を説明すると、時間がかかる。これによって物語の流れが一時的に悪くなったり、子役ロスの声が上がったりすることがよくある。
『あんぱん』の場合、流れが止まったという指摘を聞かない。子役ロスの声も上がらなかった。パン食い競走という場を整え、子役たちを一度に交代させたことが大きい。中園氏の技ありである。
それだけではない。パン食い競走を女性が参加できない設定にしたことにより、あの時代の著しい男女不平等を瞬時に表せた。『虎に翼』(2024年度前期)なども戦前の酷い男女不平等を表現したが、これも短時間で表すのは容易なことではない。現代人にとって、あまりにおかしな話だからである。