嵩と千尋の実母・登美子
この朝ドラは今のところ分かりやすいキャラクターの登場人物が目立つ。たとえば全国を放浪する謎のパン職人・屋村草吉(阿部サダヲ)は口が悪いものの、心優しき善人だ。
第8回、結太郎が亡くなった直後に釜次も大ケガを負い、仕事ができなくなった。生活が逼迫した朝田家がパン屋をやろうと考え、屋村に職人になってくれと頼むと、「とりあえず1回だけだ」と無愛想に言った。だが、もう8年もいる。
複雑なキャラクターは嵩と千尋の実母・登美子(松嶋菜々子)。第3回、医院を営む義兄の柳井寛(竹野内豊)宅に兄弟を置き去りにした。再婚するためだ。登美子は元夫で兄弟の父・柳井清(二宮和也)と死別している。
第10回、登美子は再婚先を訪ねてきた嵩を「何しにきたの」と冷たくあしらう。それでいて再婚相手と離婚すると、8年ぶりに兄弟の前に現れ、寛に向って「しばらくこちらに置いていただけませんでしょうか」と同居を頼む。第15回だった。強心臓の鬼母である。
もっとも、兄弟に愛情がないかというと、そうは見えない。再婚は寛とその妻・千代子(戸田菜穂)には伝えたが、嵩には告げなかった。姿を消す際には「出掛けるだけ」と言った。罪の意識があり、本当のことを言うのは残酷だという自覚があったからではないか。
置き去りにした日、胸騒ぎをおぼえて追い掛けてきた嵩から登美子は「本当に迎えに来てくれる?」と尋ねられる。すると困ったような笑顔をうかべながら、うなずいた。やはり現実を口に出来なかった。
第9回、登美子は嵩に「元気にしていますか」などと書いたハガキを出した。わざわざ再婚先の住所まで書き入れていた。だから嵩は訪ねられた。どこかで子どもたちとの関係を断ち切りたくないという思いがあったからではないか。
登美子の文字は書き慣れてなく、十分な教育を受けているとは思えなかった。女性の自立が難しかった時代であることから、自分なりに考えた最善の策が兄弟を寛に託すことだったように思える。
登美子は嵩を誉める際、必ず「清さんの子どもだから」と強調する。自分の子どもだからとは決して言わない。登美子が清が生きていたころを愛おしんでいる表れだろう。
文:放送コラムニスト 高堀冬彦