アンパンマン絵本のはじまりの一冊。キンダーおはなしえほん1973年10月号『あんぱんまん』(フレーベル館)(画像提供:フレーベル館)

戦争体験から生まれたヒーロー

戸田 私が先生に初めてお目にかかったのは30歳のときでした。テレビアニメの声優を選ぶのに、私のデモテープを聞いた先生が「戸田さんの声でいきましょう」と、アンパンマン役に指名してくださって。初回の収録にスタジオにいらっしゃったんですね。

中園 「こういう感じで」など、アドバイスがあったのですか?

戸田 いっさいありません。ただ、「アンパンマンはカッコ悪いヒーローです」と。自分の顔をちぎって誰かにあげるとへなちょこになる。それまで私が声のお仕事をしてきたアニメのヒーローとはかなり違いました。

中園 アンパンマンは弟さんをモデルにしたと、やなせさんはおっしゃっていましたね。

戸田 ええ、22歳の若さで戦死した千尋さん。「あんなに才能がある弟が亡くなって、なぜ僕が生き残っちゃったんだ」って。

中園 千尋さんの存在は朝ドラでも大きく扱っています。「なんのために生まれて、なにをして生きるのか」という「アンパンマンのマーチ」の歌詞は、戦争で弟さんを亡くした体験から生まれたのではないでしょうか。

戸田 「正義は逆転する」という言葉も、よくおっしゃっていました。これも、先生が戦争を体験されたからだと思うのですが、「自分が信じていた正義なんて簡単にひっくり返されちゃう」って。でも、唯一ひっくり返らない正義は何かといえば、お腹をすかせて困っている人がいたら一切れのパンを届けること。空腹を満たしてあげられるのが一番のヒーローなのだと、常々おっしゃっていましたね。

中園 そう言えば、文通していたときに「物価高ですが、お米など困っていませんか?」と書いてあったことがありました。うちが母子家庭だったので、心配してくださったのでしょう。

戸田 なんて優しい。