
豪快な私と不器用な夫
サンマが食べたくなり、夫に大根おろしを頼んだ。普段は家事などしない夫のために、大根をちょうどいい大きさに切り、おろし器も準備する。夫は私に言われた通りちゃんと手を洗ってきて、台所から見える食卓についた。
私は2尾のサンマをグリルに入れて味噌汁を作りながら、夫の様子をチラチラと観察。すると、おろし器の上で大根を優しくなでるようにすりおろしているではないか。
私は思わず夫のそばに駆け寄った。「これじゃ、水っぽくなってダメなのよ! 主婦業って、時には力も必要なの。見ていて」と言ってバトンタッチ。ここぞとばかり、思い切り力を入れてすりおろすと、とたんに大根は手から離れて飛んでいった。
「あぶない!」と叫ぶ夫を尻目に、私はそそくさと大根を拾って台所へ洗いに行く。意気込みが見事に空回りした自分の失敗がおかしくて、それから2〜3日、台所に立つたびに笑いが込み上げてきた。
夫は慎重で不器用、私はせっかちで豪快だ。ある日、自宅で髪を切っていた時にそれが証明されることになった。私は美容院や理髪店が苦手で、いつも自分でカットする。ところが夫は私の不揃いな後ろ髪が気になるようで、美容院に行ってきたら? と盛んに勧めるのだ。髪形だって多様化している時代なのだから、「気にしないの!」と夫に言い聞かせていた。
いつものように、玄関の鏡の前で首から風呂敷を掛け、自分で髪を切っていた時のこと。夫があんまり心配そうに見ているので、「ちょっと後ろだけ切り揃えてくれない?」と頼んでみた。
夫は嬉しそうにハサミを持って私の後ろへ。自分でやれば1分もかからず終わるのだが、私の癖毛を丁寧に梳かしているから、かなりの時間がかかる。「ああ、頼むのではなかった……」と思いつつ、彼の気の済むまで切らせようと身を任せた。
スローペースでチョキ、チョキ、と切っていたところまではよかった。しかし何を思ったのか、最後の「チョキン」で力が入り、私の耳たぶを切ったのだ。夫は大慌てで平謝り。あと少しだったのに……。もちろん、それからは再び自分で全部切ることにした。
その1年後に夫は旅立った。不器用だが優しかった彼が、私は大好きだった。