リッチな奥様気分から貧しいババアに戻る

私の家には、母が嫁入りの時から使っていた朽ち果てた箪笥がある。私が、その引き出しを、母が亡くなった後に開けた時の話を、以前に彼女にしたのである。

西陣織やビロードの布を貼り込んだケースが、引き出しから10個出てきた。ケースを開けると、指輪、ネックレス、ブローチ、ネクタイピンが入っていた。これを買取店に持って行き、現金化すれば…と、私は有頂天になり、暗い老後に光が見えた気がした。

高揚した気分で買取店に到着し、テーブルに広げると、店長が身を乗り出した。「昔はこういう布を張り込んだケースに、指輪とか入れていたのですよ」と、昭和を想っているようだった。私はリッチな奥様気分になっていた。

そこから、貧しいババアの現実に戻るのには、10分もかからなかった。

全部が金メッキ、偽の宝石、ネクタイピンにいたっては、「どこかの観光地の土産店で見たことがある」と、店長は遠慮なく述べた。

「このケースに何で入れたのですかね?」と、店長はケースを持ち上げて底まで見た。

私が判明したことを話すと、店長は、我慢した顔になったものの、ついに笑ってしまった。

落ち着いて考えてみれば、いつも借金に追われていた両親に、金のネックレスや宝石の指輪を買う余裕があるはずがなかった。

布張りのケースに入ったアクセサリーの写真
発見された布張りのケース内に、期待を裏切る金メッキのネックレスと指輪などが…(写真提供:しろぼしマーサさん)

なぜ立派なケースがあったかというと、両親の仕事はケースの製造だったからだ。ジュエリーの貿易商や店舗から依頼があると、見本として布張りのケースを作り、少しでもイメージが浮かぶように安価な指輪やネックレスを入れていたのだろう。

店長は、「こんなに本物らしい偽物を、いくつも持って来る人は珍しい」と、笑顔で感想を語っていた。

他人のことをうらやましいと思うのは、気持ちが若い証拠でもあると最近思うようになった。自分の人生はここまでで限界と思うと、絶望的な気持ちにはなるが、他人の豊かで幸せな人生は他人のもので、自分が同じように生きることはできないのだ。自慢はできなくても、笑われても、一応、生きてはいける。

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