『雲』著:エリック・マコーマック

偶然出会った一冊の本に呼び起こされる記憶と謎

出張先のメキシコで、突然の雨を逃れて入った古本屋。エリック・マコーマックの長篇『雲』の主人公〈私〉は『黒曜石雲』という本を見つけ、扉ページに記された地名に惹かれて購入する。そこに描かれていたのは、19世紀にダンケアン町で観測された奇怪な天気事象。21歳の時、スコットランドのその小さな町で過ごした日々を思い出した〈私〉は、本についての調査を学術機関に依頼するのだったが──。

物語は以降、学芸員からの調査報告の手紙を間にはさみながら、〈私〉の来し方を綴っていくことになる。孤児として育った両親のもと、スラム街のような場所で貧しいながらも愛情豊かな生活を送っていた日々。突然の人災によって失われた両親の命。教師の職を得るために赴いたダンケアンで出会った、運命の女性ミリアム。彼女の裏切り。傷心で町を去った後、西アフリカのラッカ港行きの船に、一番下っ端の乗組員として乗船。

ここまでが全体の3分の1。以降、アフリカで診療医をしているデュポンと知り合い、彼の診療所での異様な体験を経て、下船後に複合採鉱企業で英語教師の職を得、そこで出会った揚水機の会社を経営しているゴードン・スミスという男から、助手になってくれるよう乞われ、彼の娘アリシアと結婚しと、数奇な年月が描かれていくのだ。

学芸員による本の調査内容と、〈私〉がたどってきた人生行路が、やがてダンケアンにおけるミリアムの裏切りの真意と、〈私〉が知らなかった驚くべき真実を明らかにしていく終盤の読みごたえは超ド級。恐怖小説のようなトーンで、開いたまま終わってしまう物語に呆然。謎めいた物語が好物という方に熱烈推薦できる逸品だ。

『雲』
著◎エリック・マコーマック
訳◎柴田元幸
東京創元社 3500円