ショートショートがこんなにも自由だなんて
思わずクスッと笑ったり、皮肉なオチに感心したり、こんな感じ、よくあるある、と共感したり──森絵都の新作は、誰もが思いあたる日常のこだわりと抵抗をめぐる小粋な掌篇集である。一篇が4、5ページほどのショートショート全38話収載。それぞれが微妙に違う味わいで、短い話のなかに多彩なドラマが織り込まれている。
「2LDKの攻防」は、共稼ぎ夫婦の家事分担をめぐる闘いと本音の話だ。掃除は妻の担当だが、なぜか夫の部屋だけはノータッチ。洗濯にまつわる諸々は夫の担当で、本人は苦にならないようだが、妻の下着だけは取り込まない。それはなぜか。
最後を飾る「電球を替えるのはあなた」での、意地の張り合いを続ける夫婦のやりとりが笑える。この手の家庭内の激しい攻防合戦(例えばエアコンの温度設定とかトイレの使い方とか)はよくある話だよな、と自分の例を続々と思い出してしまうことになる。しかし、小さなこだわりが積み重なり、大きな危機のきっかけになるような、その後の展開さえも想像させるのだ。
ウェブサービスのサポート電話や最新アップデートについての悶々を綴る「サービスの落とし穴」や「誰がために貴方は進化しつづけるのか」は、よくぞ書いて(言って)くれた、と溜飲が下がる思いだった。
ここに描かれるのは、やり過ごしてしまう日常の一コマだ。しかし著者の語りの巧さ、洞察力、自在かつ洗練された筆致によって、たちまち予感を孕んだドラマ性を帯びてくる。
ショートショートがこんなにも自由で、可能性に満ちていることに気づかされた。本書を読んだあとは、自分のなんの変哲もない日常を思い出し、そこにドラマのきっかけを探してみたくなる。
『できない相談』
著◎森絵都
筑摩書房 1600円
著◎森絵都
筑摩書房 1600円