調査はそれぞれの町の自治体から依頼されるが、兄のひそみにならって、自主的に行うこともある。

 たとえば、切れかかった電灯が目にとまったり、町のスケールに対して電柱の数が見合っていないと感じたときなど。

 この町もまた──。

 じつのところ、依頼があったのは隣の町で、そちらの調査を終えた帰りがけに、この町に迷いこんでいた。

 猫のあとを追ってしまったからだ。

 ひさしぶりに野良猫を見た。それも、真っ白な猫だ。

「白猫が横切ったらいいことがある」

 と祖母が言っていた。祖母もまた、いまはもういない。

「白猫は神様の遣いだからね」

 その声が耳の奥から聞こえてくる。

 亡くなった人は皆、自分の中にいる。自分の中から話しかけてくる。だから、一人でも怖くない。どれほど暗い道を歩くときでも。

 皆、自分の中にいるから。

 

 その白猫は、まるで自分を導くように、ときおり、こちらを振り返りながら悠々と路地を進んで行った。こちらも自然と心持ちがゆったりとしてきて、いつもはもう少し周囲への観察を怠らないのに、いつのまにか越境して、予定外の隣町へ足を踏み入れていた。

 電柱のプレートに記された町名が変わり、青いプレートにあざやかな白い文字で、〈月舟町〉とあった。

 

       ✻

 

 猫を見失ったのと、遠くに雷が鳴り始めたのが、ほとんど同時で、ゆるやかに吹いていた風の匂いが変わり、雨を運んでくる雲の気配が頭上に立ちこめていた。

 コートのポケットからボールペンを取り出して立ちどまる。

 手帳を開き、「月舟町」の三文字を書きとめておこうと思い立ったのだが、こういうときに限ってインクが出ない。

 どうやら、インクが尽きてしまったようだ。