声だけでもいいから出たい
『あんぱん』は、やなせ先生と奥様の暢さんがモデルになった作品なので、「何らかの形で関わりたい」「声だけでもいいから出たい」と思っていたんです。それが、やなせ先生の実際の恩師、杉山豊桔さんをモデルにした役と伺って、これは頑張らなくてはいけないと思いました。
恩師といっても台本が届くまではどんな人物に描かれているかわかりません。まずは家にあるやなせ先生の本をかたっぱしから読み返したり、新たに買ったりしました。
台本をいただいて、「うわあ、最高に面白い役」と感じましたね。座間先生のことが大好きになりました。信念があり、戦時下でありながら自由な精神があり、でもちょっととぼけていて憎めない。実際のエピソード以外のちょっととぼけたようなエピソードやシーンも中園さんがたくさん書いてくださったので、座間という役がますます魅力的になっていました。嵩に影響を与えた人物ですし、のぶの通っていた女子師範学校の軍国主義の教師・黒井先生と対極にある存在。大変だけれどやりがいがあると思いました。
お茶目な座間先生が好きになるほど、演じるプレッシャーはありました。脚本がこれだけ面白く書かれているのだから、面白くできなかったら台無しじゃないかって。
やなせ先生はご著書のなかで、杉山先生についていろいろと書いていました。たとえば座間先生の「デザインの学校に入ったからってデザイナーになる必要はない」というセリフは、実際にやなせ先生が、杉山先生から言われた言葉です。
撮影に入る前には、スタッフの方がやなせ先生が実際に通われていた学校の資料を用意してくださいました。そこに杉山先生が残した文章もありました。そういうものを読んで自分のなかでイメージを作って撮影に臨みました。
杉山先生の残された文章には、「時代とともに価値観が変わる。理屈ばかりで考えずに何かを決意しなくちゃいけないことがどんどん出てくる」というようなことが書いてありました。決意というのは、たぶん自分の心の声のことです。それはやなせ先生がずっとおっしゃっていたことに通じる。アンパンマンでもこの『あんぱん』でも繰り返し描かれる、「何のために生まれて」「何をして生きるのか」というところにつながると僕なりに解釈しています。