「卑怯者になれ」の意味
八木は、嵩に「戦場では弱いものから死ぬ」と教えました。八木は、ニヒルな部分がありますが、自分が弱いと自覚しているからこそ、ニヒルでいないと自分が崩れてしまうのかもしれません。自分が救われるかもしれない何かを探しているところがある。僕もあまり強い人間じゃないのでわかる気がするんです。何かにすがりたくて、何か一つ善を積み上げたら、その分何かハッピーなものが生まれるかもしれないとは考えるところがあります。
小倉連隊に中国への出動命令が下った後、今まで助けてくれたお礼ということで、嵩は八木の似顔絵を描くんです。八木は、嵩から見た自分の姿を見たことによって、戦争というものにのまれて、自分の中で失いそうになっていたものに気づけた。引き戻してくれた瞬間でもあるんでしょうね。嵩の絵が八木の清らかな部分を引き出してくれたと感じています。
似顔絵を受け取った八木は、嵩に「弱い者が戦場で生き残るには、卑怯者になることだ」と伝えました。めったに言わない本音が出たのだと思っています。生きるっていうことを本当に改めて感じた、感謝をするような瞬間だったんじゃないかな。ポンと出てしまった言葉だと思いますね。
「生きている」ということが全てだと思うんです。どういう姿でも無様でもいいから、生きていればいろんなことが報われる。戦争というもののやるせなさ人間の愚かさに八木自身はずっと向き合ってきた。
八木は偉くなろうと思えばなれたけれども、自分なりに戦争に向き合うなかで嵩に感化された。どこか「無」になっていた男が嵩に会って、「生きる」ということを改めて思い知らされた。嵩は八木にとって昔の自分の姿を鏡で見るようなそういう存在だった。だからこそ卑怯者でいいから生き残れと言った。嵩に向けているようで自分にも言っていた言葉だと思っています。