「一度」行った店

この「一度」というのがポイントである。

初めての店に一人で乗り込んでいくのは、やはりハードルが高い。なんたって、中がどういう雰囲気なのかは入ってみなけりゃわからない。初心者にはあまりにも危険な賭けである。

かといって、同僚と何度も行ったことのある店というのも、これまた具合がよろしくない。

ずっと団体でワイワイ出かけていたのが突然一人で乗り込んでいった日にゃあ、店の人に「何かあったのか?」と、痛くもない腹を探られそうな気がして一人勝手に挙動不審な行動を取りそうである。

それに、もしもデビュー戦がうまくいかずに気まずい雰囲気になったりしたら、以後、その店に顔を出しにくくなってしまうではないか。

ということで「一度」行った店。我ながらよく練られた選択である。

明るいご夫婦が切り盛りする、カウンターだけの程よく上品な店というのもポイントであった。

ヘンな客はきっと来ないだろうし、席は8つくらいしかないから、まごまごした一人飲み初心者でもカウンターの向こうから温かく目配りをしてもらえるんじゃないかと虫の良いことを考えたのである。

 

一人飲みで生きていく』(著:稲垣えみ子/幻冬舎)