仕事を終えて飲みに行く(写真はイメージ/写真提供:Photo AC)
「夫なし、子なし、冷蔵庫なし、ガス契約なしの生活」を送る、元朝日新聞記者でアフロヘアがトレードマークの稲垣えみ子さん。40代に入った当時、一人出かけた街でふらりと店に入り、酒と肴を味わってリラックス、そんな【一人飲み】に憧れた約15年前の稲垣さんは、勇気を出して酒場に突撃。失敗しながらも、そこでは素敵な出会いがあったそうで――ソロ飲み冒険を描いた痛快エッセイ『一人飲みで生きていく』より一部を抜粋して紹介します。

真夏の夜の大作戦

ある夏の夜、仕事を終え会社を出た私は一心不乱にテクテクテクテクと大阪の街を歩いていた……いや、すみません。

ちょっと嘘をつきました。テクテクどころか足取りは重く、目的地に近づくにつれてさらに重く、一心不乱どころか、いつだって引き返したい思いであった。

もちろん目的は一人酒デビューである。目指すは、とある小さな居酒屋。当然電車で行った方が早いのだが、できるだけ「決戦の時」を先に延ばしたく、30分以上かけてわざわざ歩いて店へと向かったのだ。

我ながら驚くほど弱気である。

もちろん、この日のために作戦を練りに練ってきた。

まず店選びである。いうまでもなく、この店をデビュー戦の相手に選んだのは深い考えがあってのことだ。

数週間前、会社の先輩と一度行ったことがある店。