この「あ」が、私には実に重要だった

このとき私は、人の一言とは人を天にも昇らせれば地獄にも落とすということを痛いほど学んだのであった。この「あ」が、私には実に重要だった。天国への階段であった。「あ、イナガキさん、覚えてますよ」という「あ」なんだと思わせてくれたからだ。

この「あ」がなかったら「あんた誰?」「(このクソ忙しい時に)何しに来た?」と思われてるんじゃ……とネガティブ街道驀進(ばくしん)だったに違いない。

そしてご主人、満席のはずなのに、なんと「どうぞどうぞ」と店内に招き入れてくださるではないか。

ナルホドこれぞ一人客の強みである。満席に見えても実は一席くらいは空いているものなのだ。再び良いことを学ぶ。こうして狭い空間にするりと滑り込み、まずは無事着席に成功である。

ホッとしたところで、さっそく想定してきた会話の実演。

まずは、ご紹介頂いた酒蔵の社長が取材を承知してくださったことを報告してお礼を述べる。そして、もちろん最初に注文するお酒はこの蔵のお酒だ。

「『風の森』お願いします!」とニッコリ明るく大きな声で。まあなんてスムーズな流れ!頭の中で何度もイメージトレーニングしてきた甲斐があった。

 

一人飲みで生きていく』(著:稲垣えみ子/幻冬舎)