一人飲みを楽しむ女性(写真はイメージ/写真提供:Photo AC)
「夫なし、子なし、冷蔵庫なし、ガス契約なしの生活」を送る、元朝日新聞記者でアフロヘアがトレードマークの稲垣えみ子さん。40代に入った当時、一人出かけた街でふらりと店に入り、酒と肴を味わってリラックス、そんな【一人飲み】に憧れた稲垣さんは、勇気を出して酒場に突撃。失敗しながらも、そこでは素敵な出会いがあったそうで――ソロ飲み冒険を描いた痛快エッセイ『一人飲みで生きていく』より一部を抜粋して紹介します。

「あ、いらっしゃい」に救われる

扉をガラリと開けて店内を覗き込むと、なんと満席である。全員がジロリとこちらを見たような気がして、想定外の事態に大いにひるむ。

というのも、我が勝手な脳内シミュレーションでは、客は数人で店の人も暇にしていて、そこへ私がやって来て「どーぞどーぞ」と歓迎され……というところからナチュラルな会話が始まるはずだった。

だが現実は、満席時に突然やって来る招かれざる客。それが私。しかも一人。しかも中年女……とネガティブ思考が頭を巡る。

思わず、あっスミマセンと小声で叫んでくるりと引き返しそうになる自分を叱咤してなんとか踏み止まり、助けを求めて顔見知り(のはず)のご主人を素早く探す。

といってもカウンターだけの小さな店なので、目が合うまでに2秒もかからなかったはずだ。でも私には3分ほどに感じられた。あと1秒遅かったら確実に気絶していたと思う。

で、ご主人。さすがである。

目が合うやいなや、にっこりして「あ、いらっしゃい」。