もし東京から帰っていなかったら
その後、私はまた地元で働き、地元の人と結婚し、家を建て、子どもを産み、今に至る。
ここでは時間がゆっくり流れている。オシャレなお店や美術館はあまりないが、高いビルもなく、地平線に落ちてゆく夕陽がとても綺麗だ。夜は暗く静かで、月も星も綺麗。こんなゆったりした環境で、ゆったりと子どもを育てながら、文章を書いてのんびり暮らしていけるのは、十分幸せだと言えるのかもしれない。
それでもやはり地方に居ると東京の革新的な行政サービス、便利な交通網、新しい商業施設、人、モノ、コト、全てがキラキラして見えて羨ましい。
SNSを眺めては、東京だったらもっと書く仕事もあるはずなのに。もっとイベントに呼ばれるかもしれないのに。もっとライターの知り合いもできるのに......! とハンカチを噛んで妬んでいる。
あのときもし東京から帰っていなかったら、今ごろ私はどんな人生を送っていたのだろう? 何かしらの可能性を掴んで、思い描いていたようなオシャレで洗練された「何者か」になれていたんだろうか?
そうしたら、あちらの世界線に生きる私はこう書いているかもしれないな。
「水道代の基本料金が4ヵ月無料くらいじゃ、この物価高に割が合わない。ローン地獄で最悪だし老後も不安だ。待機児童もいなくて満員電車もない地方の人が本当に羨ましい! ずるい!」