秘められた努力や人間ドラマ

――『鋼鉄の城塞 ヤマトブジシンスイス』というタイトルには、どんな思いが込められているのですか。

大和は城としか表現できない巨大戦艦です。まさに艦橋は城でいえば天守に相当します。しかし戦艦は鋼鉄でできていますが、城は土と石でできている。それで「鋼鉄の城塞」としたわけです。

船の写真
「ヤマトブジシンスイス」の裏にはさまざまな人間ドラマが…

副題の「ヤマトブジシンスイス」は、進水に成功した時、実際に呉から東京の軍令部に送られた実際の電報です。当時は緊急連絡は電報によって行われていたので、結論だけ簡潔に伝えていました。しかし、この「ヤマトブジシンスイス」という短い言葉の裏には、様々な人々の秘められた努力や人間ドラマがあったはずです。それを描いていくのが、小説の役割です。タイトルのどこかに大和という言葉を入れたかったので、この伝文を見つけた時はうれしかったですね。

――作品にプロローグとエピローグを入れることが多いようですが、これはなぜですか?

今の時代の読者は、面白くなるまで時間がかかることを嫌がります。そのためハイライトシーンを冒頭に持ってくると、物語に入りやすくなるからです。

とくに歴史小説の場合、誰もが結末を知っているわけです。大和が沈められたことも知らない人はいないはず。だったら大和が沈められるハイライトシーンを冒頭、すなわちプロローグに持っていっても構わないと思ったわけです。

しかもプロローグとエピローグだけは実在の人物で、軽巡洋艦「矢矧」に乗り組んでいた池田武邦氏の視点を借りました。そしてクライマックスは主人公の占部健視点なので、読者はプロローグで「矢矧」から見た大和の最後を、終盤で「大和」の乗員から見た「大和」の最後を楽しめるわけです。

エピローグで何が書かれているかは、読んでからのお楽しみとさせて下さい。

――本作は、「戦艦大和を造る」こと以上に、人間ドラマとしての凄味を感じます。

人間を描くことが小説の本義です。昔も今も、誰もが理性と感情の狭間で葛藤しながら、懸命に生きているわけです。単に技術的な問題を乗り越える物語では、共感してもらえません。

また当時の人々を描くからには、どれだけ当時のことを知っているかで差が出ます。つまり知識量によって、物語に説得力が生まれるのです。

私には歴史小説家というイメージが染み込んでいますが、子どもの頃からこの時代にはたいへん興味があり、たくさんの本を読んできました。そうした積み重ねがあってこそ、この時代を描いても違和感がないのだと思います。

伊東潤さんと池田武邦さんの写真
当時94歳の池田武邦氏に取材を

プロローグとエピローグで視点人物となる池田武邦氏とは、2018年の11月23日に直接お会いしました。お亡くなりになったのが、2022年の5月15日、98歳だったので、94歳の時にお会いしたことになります。ご自宅の近くまで行き、喫茶店で話を聞きました。武邦氏は高齢なので1時間半ほどで話を切り上げねばならなかったのですが、沖縄特攻のことは鮮明に覚えておいででした。その時に聞いた体験談を本作でも反映させていただきました。今となっては、実際にお話を聞いておいてよかったと思っています。一つ心残りなのは、本作をお渡しできなかったことです。