M&Aで危機から脱する
病院の経営自体は、一般病院から介護療養型に転換して安定した。しかし、2011年に介護保険法が改正され、介護療養病床の廃止へ向けて療養病床の削減が本格化した頃から徐々に経営状態が悪化し始めた。高齢者医療と認知症ケアに燃えていた私にとって、介護療養病床の廃止は、正に、はしごを外された気分だった。質の高い高齢者医療、認知症ケアの提供にやりがいを感じていたが、このままでは2つの病院は倒産に追い込まれる。
病院の建物が老朽化して空床が生じるようになったこともあって、2015年頃から、私は、M&Aによって病院を存続させることを考えるようになった。介護療養型の病院から一般病院に戻すのならそれなりの設備投資が必要だ。建物も古くなっていたので金融機関から融資を受けて病院を建て替えることも検討したが、デフレ景気で地価は低迷中だった。病院としての先行きも見えない中、これ以上の貸し付けは無理だと断られた。私はすでに60代で、病院をこのまま続けるなら後継者を考えなければならない時期だった。私の長女は医師だが、自分と同じような苦労を娘に背負わせることだけはやめようと決めていた。うちの父親は私に散々迷惑かけたが、娘に恨まれるのだけは避けたい。うちの父親のようにはなりたくなかった。
自分の力で建て替えや設備投資ができないのであればM&Aで資本のあるところに、うちの病院の認知症ケアや介護ノウハウとセットで売却するしかない。そうすれば、建物の増築や設備投資もできるのではないかと考えた。私には、全国に誇れる認知症ケア、介護ノウハウを築いてきた自負があった。
そこで、病院の売却を決断し、知り合いのエージェントに頼んで、買収してくれる病院グループを探し始めた。しかし、こちらの条件を受け入れてくれるようないい相手はなかなか見つからなかった。当院は資本がないために拡大ができない状況になってはいるが、認知症ケアや高齢者介護のノウハウを提供するので組んだら得だ、と考え、買い取ってくれるところはすぐ見つかるだろうと考えていた。
ところが、私の考えが甘かったようで、こちらの希望価格と相手側の提示価格との間に相当の開きがあってなかなか折り合いがつかない。介護事業などをやっている大手の企業とも交渉したが、最初は、「先生の言われた条件で、スタッフもそのままお引き受けしたいと思います」と、こちらの条件をすべて受け入れてくれそうだったが、話が進むうちに買収金額がどんどん下げられた。
「建て替えなどの資金は出せません。ご自分で新たに借金して建て替えてください」
「こんなに経営状態が悪化しているとは思いませんでした」などと言い始め、条件が悪くなっていった。
うちの病院は認知症のノウハウも含めて高く売れると考えていたので、大手と交渉したが、相手から見たら2つの病院を合わせても200床に満たない小さな病院だ。最初はいい条件を出してくれていた企業も条件を下げてきて、買い叩かれそうになった。冷静に考えれば、ビジネスとしては当然で、いくら高齢社会で病院が不可欠とはいっても、弱っているところに高い金を払う必要はない。