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現在、教育界では明治維新以来150年ぶりに教育の抜本的な見直しが進められています。そんななか、日本最大級の教育イベント創設者・大学特任准教授・学校法人理事など、さまざまな立場や役割で教育に関わっている宮田純也さんは、「大切なのは『変化に適応する』だけではなく、積極的に『未来を構想していく』ことです」と語ります。今回は宮田さんの著書『教育ビジネス 子育て世代から専門家まで楽しめる教育の教養』(クロスメディア・パブリッシング)から一部を抜粋し、お届けします。

『学問のすゝめ』から見つめる学歴社会と受験

「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」

慶応義塾大学を創設した福澤諭吉が『学問のすゝめ』のなかで語った言葉です。人間は生まれながらにして平等であるということですが、続きがあります。

「されども今、広くこの人間世界を見渡すに、かしこき人あり、おろかなる人あり、貧しきもあり、富めるもあり、貴人もあり、下人もありて、その有様雲と泥との相違あるに似たるはなんぞや。(中略)学ぶと学ばざるとによりてできるものなり。」

本来、人間は平等であるのに、いまの世の中を見れば賢い人や愚かな人、貧しい人や富んでいる人もいる。この違いは学ぶか学ばないかの違いだと主張しているのです。

明治時代に日本の人々は、士農工商に代表される、生まれながらの身分制度から解放されました。そこで、福澤諭吉はその人の努力とあり方によって自己実現が可能になると考え、『学問のすゝめ』を出版し、自己実現としての「学び」や「学問」を奨励しました。彼は、一人ひとりが学び、自己実現を果たすことで、近代国家はよりよいものになると考えていたのです。

それは福澤諭吉だけの主張ではありません。日本の近代学校教育制度が始まる学制頒布前日の太政官趣意書にも、「学問は身を立るの財本」として、近代社会において自己実現するために学ぶというある種の功利的な意味づけがなされています。

また、国家によって「治産昌業(新たな産業を興し、発展させることで経済発展を遂げる)」という新しい産業や技術に対応する新知識の必要性の喧伝がおこなわれました。この時代には、ある意味で、日本国民全員が何らかの競争(受験など)に追い立てられるようになったとも言えます。

これが今日まで続く学歴社会の原点だと言えるでしょう。