門司君に会いに行こう。
路面電車の駅に降り立ち、歩き出した商店街には、「しばらく休業します」の貼り紙が風になびいている。一方、〈千円理髪店〉は、ぼさぼさ頭の男たちで大繁盛。いつもどおりのこうした光景を横目に、門司君が年老いた犬と暮らすアパートに到着する。老いた犬の名はフジオカ。門司君の友達だったフジオカ君によく似ているからだ。
門司君は母の教え子だった。「弟子です」と彼は胸に手を当てる。そこに母の何かが宿っているとでも言いたげに。
わたしはそれなりに納得している。彼はときどき母によく似たおかしなことを言うので。自分の暮らす古びたアパートを「びろうど城」と呼び、「理由は分からないけれど、なんとなく」としか言わない。
わたしと門司君は、ふたりオオカミだ。
一匹狼ではなく。
その日暮らしのように、アルバイトを渡り歩いて食いつないでいる。
わたしたちの、冷たいふたつの手のひらの握手。
「何をしていたの?」と訊くと、「夕方から洗濯」と無理に快活に答えた。
「全Tシャツ、全洗濯」
なるほど、窓の向こうの物干し竿に、はたはたと揺れるものがある。
「最近、仕事は?」と念のため確認すると、
「つなわたりかな」といつもの答え。「なので、三百九十円の葡萄酒ばかり」
スーパーの安売りでまとめ買いをしたらしく、部屋の隅にうやうやしく置いてあった。相変わらず、〈冬眠用シェルター〉と名づけた林檎の木箱も置いてある。
「いつか、心おきなく冬眠がしたいんだけど」と彼は言う。箱の中を覗くと、古い本と、古いカセットテープと、たまごパンがしまってあった。
「僕の祖父が発明したんだよ、そのたまごパン」
固く焼いたビスケットと甘食がまぜこぜになった菓子だ。
「どうしてなのか、洗濯物を干すとすぐに雨が降ってくる」
と彼は窓の外を見た。
「僕の洗濯は雨乞いなのかな──もし、よかったら、それ食べない?」