「介護をする前に殺そうと思った」
こうした状況に置かれた老老介護の現場では、介護者自身が「自分も高齢者である」という事実に気付いているが、それを他者に伝えることができずにいるケースがある。若い世代の介護者であれば、まだ体力的・精神的に余裕があり、介護の負担をある程度負うことができる。しかし、70代や80代の介護者にとって、日々の介護は自分自身の健康を犠牲にして行うものであり、耐え続けるには限界があるだろう。
産経新聞(2024年10月10日付)に、気になる記事があった。
〈「介護が始まる前に…」家事をしてこなかった87歳夫は、81歳妻を手にかけた〉
という見出しの記事だ。2024年9月に東京地裁で開かれた殺人事件に関する裁判の内容を報じたものである。概要を簡単に紹介しよう。
この事件は、87歳の夫が家事や介護の経験がないことから、将来妻の介護を担うことに強い不安を抱き、最終的に81歳の妻を殺害したものである。2023年、東京都内の住宅で発生した事件により、夫は殺人罪で起訴され、東京地裁において懲役8年の実刑判決が言い渡されていた。
夫は結婚から58年間、妻に家事を任せてきた。自身は「米も炊いたことがない」と語るほど家事に不慣れであった。妻は徐々に足を悪くし、外出の機会も減り、介護が現実的な問題となりつつあった。生活は乱れ始め、夫婦間でテレビの音量をめぐる口論が頻発し、介護を含む将来への不安が夫を精神的に追い詰めていたという。
事件当日、昼食をめぐる口論をきっかけに、夫は妻を殺害するに至った。被告人質問において、夫は「介護をする前に殺そうと思った」と明かし、将来の介護に対する強い恐怖心が殺害の動機であったことが示された。