テイラーは、家に入ると、水を飲み、がつがつ食べ、うんちしてすぐ寝入った。巨体の割に小心者で、緊張のあまり何もできなかったと見える。どこにいたのか、おなかにヤエムグラの実がいっぱいついていた。
こないだテイラーが膀胱炎になったとき、動物病院の先生に「この子は弱いほうですね」と言われた。「強いほうに遠慮しておしっこを我慢するから膀胱炎になるんですよ」と。なんと巨体のテイラー、同腹同精子の兄弟で、やや普通サイズのメイに、いつも譲っていたのである。
メイは不思議な猫で、引き戸という引き戸をぜんぶ開けておくのが仕事と思ってるようで、たぶん網戸もメイの仕業だ。仕事しているあたしを振り向かせるのも、寝ているあたしの目を覚まさせるのもメイの役目で、ああ、うるさいと言いたくなるほど干渉してくる猫なのだが、客が来ると一切出てこない。人が来たときに出迎え、にゃーと話しかけ、すり寄っていくのはつねにテイラーなのだった。ところが留守番の友人が言っていた。「テイラーテイラーっておろおろしてたら、メイがはじめて頭をすりつけてきてくれて、『大丈夫、弟、帰ってくるから』って言ってるみたいで思わずうるっと……」と。
さて数日後、また逃げた。網戸が開いてると思ったときには、テイラーはどこにもいなかった(十分後に、集合住宅の廊下で見つけて取り押さえた)。メイは庭の垣根を乗り越えようとしたところを寸止めした。
エリックは猫じゃらしで釣れるから、少しずつおびき寄せて、網戸の外まで来た。あと少しで網戸の内というところで、ふと、地面の何かに気を取られてうずくまった、その瞬間、むんずとあたしがつかまえた。
それはまさにエリックが茶色い大きな平べったい虫(家の中に出れば容赦なく叩き殺すやつ)をくわえこんだ瞬間だった。嫌悪のあまりに、あたしは無言でエリックごとシェイクして、虫を振り落とした。これがテイラーなら、重たすぎてとてもできません。
『対談集 ららら星のかなた』(著:谷川 俊太郎、 伊藤 比呂美)
「聞きたかったこと すべて聞いて
耳をすませ 目をみはりました」
ひとりで暮らす日々のなかで見つけた、食の楽しみやからだの大切さ。
家族や友人、親しかった人々について思うこと。
詩とことばと音楽の深いつながりとは。
歳をとることの一側面として、子どもに返ること。
ゆっくりと進化する“老い”と“死”についての思い。