税金を最小限に抑えることが必ずしも最良の選択ではない
今回のケースを通じてあらためて感じたのは、「税金を最小限に抑えることが必ずしも最良の選択ではない」という事実でした。
たとえば、当初は税理士として「自宅の所有権を長男に移すことで、相続税が軽減される」と判断しましたが、その背景にあった「長男が母の面倒を見る」という合意が崩れてしまったことで、その選択は家族の信頼関係を壊す結果になってしまいました。
税金の知識だけでなく、ご遺族全員の人生全体を見渡せる視点が遺産相続には欠かせないと痛感した今なら、私はこう伝えます。
「これは、あくまでお父様とお母様が一緒に築いてこられた財産です。税金のことだけでなく、お母様の残りの人生をどう守っていくのかも考えたうえで、遺産分割を決めましょう」あるいは、「長男に所有権を渡すなら、配偶者居住権を母親につけましょう。民法上の正当な権利として、母親は自宅に住み続けることができます。長男はそれに文句を言うことはできません」と。
相続は、一度決まってしまえばやり直すことができません。しかも税務上の最適解と、人生の最適解は、必ずしも一致しないことがあるのです。
読者のみなさんにお伝えしたいのは、相続の場面では「税金が安くなるかどうかだけで判断してはいけない」ということです。
残された配偶者のその後の生活、きょうだい同士の信頼、そして家族全体の将来を見据えた選択こそが、後悔のない相続につながります。
そして今回のケースのように、信頼していた家族が状況の変化で態度を一変させることは、残念ながら珍しくありません。
財産は遺された家族が心から納得し、支え合える形で分ける──。
そのために税理士としてできることは何か? 私もそれを常に問い続けていきたいと思います。