ゲイだとバレて、親と修羅場に

川村:先生の著書を読んだときに思ったんですけど、ありのままの自分を認めるためには、自分の心を外側から客観視することも大事なんですね。

Tomy:そうなんですよ。僕自身にも経験があります。僕は反抗期がない素直な子どもで、とくに自分がやりたいこともなかったので、内科医の父が言うままに勉強して医者になることが、自分にとっても家族にとっても一番ハッピーなことだと思っていました。でも、研修医時代に自分がゲイだと気付いたときに、親は「女医と結婚して、うちのクリニックを継げ」と。そんなの無理に決まってるって思ったけれど、すぐにはカミングアウトできなくて。それが、あるとき、話せば長いのですが…バレるような出来事があって、母親にだけ告白したら、すったもんだの修羅場になっちゃって……。

川村:それは大変でしたね。

Tomy:で、ちょうどそのとき、仕事の面でも指導医のパワハラに遭って、公私ともども追い詰められていて。おかげで、自分でもわけがわからなくなっちゃって、もう医者になるのをやめようかとも思ったんですよ。

川村:で、どうされたのですか?

Tomy:でも、1週間休みをもらって、客観的な視点で自分の心を冷静に見つめてみたら、この混乱のすべての原因は指導医のパワハラのせいだと気付いたんですね。

Tomy先生、プライベートでの一コマ。関門海峡ミュージアムの前で(写真提供:Tomy先生)

川村:自分の心が整理されたんですね。

Tomy:おっしゃる通りです。だったら、ここで医者になるのをやめる必要はない。そして、親の後を継いで内科医になるのではなく、精神科医になろうと。もともと、僕は「いつか本を書きたい」と思っていたので、医学の中で文学や哲学に一番近いのは精神科だなって。自分の心をそこまで整理することができたのも、第三者の目で自分を客観視できたからなんです。

川村:それで精神科医になられたんですね。私がお笑い芸人になったのは伯父の影響です。伯父は母方の長男で劇団民藝の役者でした。私が小学1年生のときに祖父が亡くなった際、その伯父が喪主として「え~、うちの親父は…」って挨拶を始めたら、暗いはずのお葬式でドッカンドッカン笑いが起きたんですよ。うわぁ、舞台に立つ人って、なんてカッコいいんだろうって。私も、暗いお葬式を明るい空気に変えられるような人になりたいと。1日に一言もしゃべらなかったのに(笑)、そこからずっと舞台に立つ人になりたいと思ようになったんです。

「役者の叔父が挨拶を始めたら、暗いはずのお葬式が明るい空気になって…それが舞台に立つ人になりたいと思うきっかけでした」