その方角は駅前からつづく商店街の「上」の方で、「上」というのは、商店街を形成しているのが一本のゆるやかな坂道であるからだ。それで、この町に暮らす人たちは、坂の先にひろがる高台を、「上」と呼んでいる。
その「上」の一角に古びた映画館があり、これもまた、町の人々は単に「映画館」と呼んでいるが、館の前に立てば、入場券を購入する窓口の上に、かなり控えめではあるとしても、〈月舟シネマ〉とその名が掲げられている。
「ああ、あの『上』にある映画館」
カカの視線を追いながらククが頷いた。
「あのね」とカカはククに視線を戻して応える。「『ドント・クライ、ガールズ』っていう映画なんだけど、知ってる? 知らないよね。めったに上映されないし、ソフトにもなっていないし。どうして上映されないのか分からないんだけど、たぶん、あの映画には世界の秘密がしまってあるんだと思う」
「しまってある?」
「画面の奥の方とか、底の方とか、引き出しの中みたいなところとか、みんなが知りたいこの世の秘密がひっそりしまわれていて、きっと、何度も繰り返し観たら、何がしまわれているのか分かるんじゃないかな。でも、わたしもまだ二回しか観てなくて。一回目は、たまたま夜中にテレビで観たんだけど、眠たいのを我慢しながら観たのが忘れられなくて。それから何年もしてから、小さな映画館で上映されているのを見つけて、行ったことのない遠い町まで電車を乗り継いで出かけて。スクリーンで観たからなのか、一回目より二回目の方がもっとよくて。だから、どこかで上映されていないか、いつも探しているんだけど、それ以来、見つけられないの」
「どんな映画なの? 楽しいの? 悲しいの? それとも、怖いとか?」
「二人の女の子が主人公で──」
「わたしたちみたいな?」
「二人とも髪が短くて──だから、そこはわたしたちと違うんだけど、まわりから『ショート・カット・ガールズ』なんて呼ばれたり。あと、いつもお揃いの靴下を履いていたりね。ストーリー自体はあるようなないような、それなのに、楽しくて、悲しくて、怖くて、勇気までもらえる」
「それ、ぜひ観たい」
「でしょう?」
「どうしたら観られるの?」
「ひとつ作戦があってね──」