カカはいまいちど「上」の方に視線を送った。
「わたしの兄が、あの映画館の──〈月舟シネマ〉の常連で、館主の直さんていうひとと知り合いなの。わたしはほとんど行ったことがないから、よく知らないけど、兄が言うには、『直はオレの兄弟みたいなもんだ』って。『だから、オレが観たい映画をリクエストすると、なんでも取り寄せて上映してくれる』って」
「すごい。じゃあ、お兄さんに頼めば観られるかもしれないじゃない」
「それはそうなんだけど──問題はわたしと兄が仲良くないってこと。だから、この作戦のポイントは、どうしたら兄をその気にさせられるかで」
「その気って?」
「なんとしても、『ドント・クライ、ガールズ』を観たいっていう気持ち」
「お願いするしかないでしょう」
(でも、そうはいかないの)とカカは自分に向けて小さく舌打ちした。
「兄にお願いするなんて言語道断。あっちだって、わたしのお願いなんか聞いてくれるはずがないし」
「となると、カカじゃなくて、誰か別のひとがお兄さんにお願いすればいいんじゃない?」
作戦を立てるのが得意なカカは気おくれして足踏みし、代わりにククが口にした「誰か別のひと」にふさわしいのは誰だろうという話になった。
「兄はたいてい、ひとの言うことなんか聞かなくて──よっぽど、大人っていうか、兄がおそれを抱くようなひとじゃないと」
「大人ねぇ」とククがつぶやいたとき、カカの脳裏に五郎さんの顔が思い浮かんだのは、運命の女神の目くばせであったろうか。
「この作戦、もしかして、うまくいくかも」
✻
二人は髪を短く切り揃えた。
ショート・カット・ガールズだ。
「作戦がうまくいくことを願って──」
二人でブースに飛び込んだ。
ブースのすぐ横を路面電車が通り過ぎ、「三、二、一」とアナウンスが響いてフラッシュが瞬く。
シャッターが切られた。
ただちにプリントされ、二人が覗き込んだ小さな写真の中には、もちろん四つの瞳がエメラルド色に輝いていた。