でも、未来は変えられる

いや。今さらこんなことを言ったってしょうがない。欲しかったものを嘆き続けたってどうにもならない。

親ガチャという言葉で全てを生まれのせいにして、自分の人生を自分の責任で生きないわけにもいかない。この時代に、この国で、あの家に生まれたことは、他の誰のせいでもない。

哲学者のハイデガーはこう言っている。「私が私であることに、何の理由もない」

過去は変えられない。でも、未来は変えられる。これから、どう生きるか。呪いのように心にまとわりつく過去も、負の連鎖も、絶対に子どもたちには渡したくない。

私は自分の人生を自分の力で引き受け、自分ができる限りの「当たり」を創造していくしかないのだ。

果たして我が家の二人の息子たちは今この家族を「ありのままの自分を受け入れ、愛してくれる場所」だと感じてくれているだろうか。