写真を撮るときはおじいちゃんと一緒にいる気持ちに
僕は写真を撮るのですが、これに関しても真剣です。祖父が写真師だった(撮影と写真のリタッチを行う)のもあって、僕も自然と写真を撮るようになりました。
幼い時、『〇〇の化学』という月刊誌をとってもらっていて、そこには日光写真が撮れる付録がついてくることがありました。撮影を楽しみにしていた僕におじいちゃんが口を出してきて「あれを撮ったほうがいい」とか「もう少し待て」とか言いながら、結局10枚中8枚の日光写真を勝手に撮られてしまった。(笑)
おじいちゃんにはあるまじき行為ですけど、可愛い人だったなぁと思い出します。おじいちゃんは戦後のどさくさの時、「食料に変えてくれる」と、あとで買い戻す約束で人に預けたカメラを持ち逃げされてしまい、廃業を余儀なくされました。家族のためにと取った行動が、逆にひどい状況を生んでしまった。その後はおばあちゃんも働きに出て、僕の父もまだ小学生時代から一升瓶に牛乳を詰めたものを、裸足で走って届けることをやっていたようです。おばあちゃんはそんなおじいちゃんのことを「人が良すぎた」と嘆いていましたけど、おじいちゃんは「みんな生きるのに必死だった、そう言うなよ」と言っていました。
おじいちゃんだって、不幸な出来事がなかったらずっと写真を撮り続けていたはずの人生だったのに、好きなものをある時バッサリと取り上げられてしまった。当時は写真を学ぶことも難しかった時代に、丁稚奉公をしながらある程度の技術を学んで、その後はひたすら自分で実験・研究してやっと少し軌道に乗ったところに戦争がおきてしまった。その時の研究ノートが今でも残っているんです。おじいちゃんの思いが詰まった一冊のノート、僕の大切な宝物の1つです。そんなことがあってか、僕は今写真を撮っている時、おじいちゃんの続きの人生を生きているような、一緒にいるような気持ちになります。同じ時に同じものを見ても切り取り方で全然違うのは写真も絵も同じです。その人自身を表現している。