莫大な借金をして隣接地を買い取り、面積は3倍に

そんなとき、家主さんの側から思ってもいなかった話がもち込まれる。店と土地を僕にこのまま買い取ってもらえないかというのだ。

ここで店を続けられるなら最高だ。都会の真ん中なのに緑豊かで落ち着いたこの場所を僕はすごく気に入っていたし、お客さんにもとても愛されていた。

『三國、燃え尽きるまで厨房に立つ』(著:三國清三/扶桑社)

いやー、でもそんなお金ないし、ましてやこの不況だし。とはいえ、いちおう銀行に相談だけしてみたところ、「三國さんだったらいいですよ」と。買い取るための資金は借りられることがわかった。

こんなご時勢に大きな借金を抱えることになってもなあ。でも、ここで続けられるならなんとか頑張ってみるか。そう考えて買い取る決断をした。

ところが、この話はこれだけでは終わらなかった。店に隣接してロシア正教会が建っていたのだが、なんとそこが売りに出されたのである。

なんでも、1991年末にソ連が崩壊しロシア連邦が誕生したことで、ロシア正教会はロシア大使館内に迎え入れられることになったのだとか。それで大使館の敷地内に移転してしまい、店の隣がぽっかり空いたというのだ。

決めた! ここも僕が買うぞ!

突然降って湧いてきた、愛着のあるこの場所で大きな店をもつまたとないチャンスである。絶対に逃してはダメだ、と僕は心の中で叫んでいた。買えば店のキャパは今までの3倍だ。今の店だけを買い取るよりもはるかに大きな借金を背負うことになるが、不思議と迷いはなかった。ここは借金のしどころだ。ここで借りなくていつ借りるのか。

この不景気を乗り越えられなければ、店を大きくしようとしなかろうと、僕は店を畳むことになる。そのとき、大きくしてダメだったのならあきらめがつきそうな気がした。だが、しなかったら人生に悔いを残す。

ええい、どうせ潰れるのなら大々的に潰れてやれ。