『夕陽の道を北へゆけ』著:ジャニーン・カミンズ

移民母子の逃亡劇を描いてアメリカのベストセラーに

トランプ政権下、建設が続けられているアメリカとメキシコをへだてる壁。不法移民をめぐる社会問題に鋭く切り込みながらも、読み物としての抜群の面白さを備えた小説が、ジャニーン・カミンズの『夕陽の道を北へゆけ』だ。

主人公は、小さな本屋を営んでいる32歳のリディア。新聞記者の夫セバスチャン、8歳になる息子ルカと、メキシコのアカプルコで暮らしていたのだが、親戚一同が集ってバーベキューを楽しんでいた休日に、その幸せな日々は終わりを告げる。セバスチャンが書いた麻薬密売組織(カルテル)に関する記事が原因で、親族16人が惨殺されてしまったのだ。カルテルの力はあらゆるところに及んでいるため、警察を信用することもできない。リディアは幼い息子を守るため、北、すなわちアメリカを目指すことを決意する。

ここから母子の苛烈な逃亡劇が描かれていくのだが、その合間には理不尽な悲劇に至るまでの過去の回想がはさまれていく。好きな本や作家の話で意気投合し、いつの間にか誰よりも心許せる友人になっていった男性客ハビエルのこと。夫や母親をはじめ、愛する人々と過ごした日々。思い出せば心から血が噴き出てくるような過去の亡霊をまといながら、リディアは逃避行の途中で出会った美しい姉妹と共に、誰が敵で誰が味方かもわからないまま、走っている列車の屋根に飛び乗るような危険を冒さなければならない2645マイルの旅を続けていくのだ。

手に汗握るという表現が大袈裟ではない物語の中に、不法移民にも一人ひとりの個別の顔があり、それぞれの厳しい事情があることを描き抜いているこの小説は、アメリカでベストセラー1位になっている。

『夕陽の道を北へゆけ』
著◎ジャニーン・カミンズ
訳◎宇佐川晶子
早川書房 3100円