吉永 今回の映画では、淳子さんが成し遂げた女性登山家としての偉業はもちろん、母として、妻としての葛藤も描いています。

田部井 親子のシーンは、ほぼリアル。映画を観ると恥ずかしくて、思わず「あの時はすみませんでしたッ!」と謝りたくなりました。(笑)

吉永 ピアスといえば、淳子さんはいつも付けていらっしゃいましたね。52歳の時にニューヨークシティマラソンを完走した記念に、5番街でピアスの穴をあけて付けるようになったとうかがい、素敵なエピソードだなと思いました。

私も70歳になったらピアスを付けたいと思っていたけれど、時代劇の仕事が来たら困るかもしれないから、先延ばしにしていたんです。今回、淳子さんの役を演じるにあたって絶対にピアスにしよう、と。

阪本順治監督から「ピアスがちゃんと映るのは3カットくらいしかないけど、いいんでしょうか?」と心配されたのですが、決意は揺らぎませんでした。

田部井 母は山でおしゃれを楽しむ人のためにも、アウトドアウェアのアパレルブランド、「Junko Tabei」を立ち上げたりしていたんです。大事にしていた形見のピアスを、吉永さんに付けていただくことができたなんて……。

吉永 進也さんからお母さまの大切なピアスをいくつもいただいたので、映画の会見の際など何かあるたびに付けていますが、どれもエキゾチックで素敵です。世界の山をめぐる途中で、記念に求められたのでしょうね。

田部井 ちょっとそこまで、という感覚でしょっちゅう海外に行っていましたから。年間60日ほどは海外の山にいたと思います。体力自慢の母ですが、一方、登山をしていたおかげで、体の違和感に気づくことができたそうなんです。テントの中で体を拭いていて、「ここが膨らんでいるのは、おかしいぞ」と。

吉永 それはおいくつの時?

田部井 68歳で、乳がんでした。早期発見だったので、すぐ切除手術をして転移もなかったんです。ところが12年、72歳の時に「お腹がチクチク痛い」と言うので病院に行ったところ、腹膜がんで余命3ヵ月と診断されました。

吉永 まだお若かったのに……。12年というと、東日本大震災の翌年で、淳子さんは被災地の高校生を富士山に連れていく取り組みを立ち上げた頃。闘病されながらの計画だったのですね。

後編につづく

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