貝ボタン産業に訪れた変化
しかし、大きく発展した日本の貝ボタン産業は、現在では衰退しています。これには、いくつかの要因が複雑に絡み合っていますが、特に大きな影響を与えたのは、技術革新と国際競争の激化です。
日本では、合成樹脂ボタンの技術が急速に進化し、大量生産が可能となりました。これにより、市場では価格が安く品質の安定した合成樹脂ボタンが人気を集め、天然素材である貝ボタンは、価格競争力を徐々に失っていきました。
地域の経済にも大きな影響が及びます。貝ボタンの原料となる天然貝の輸入が不安定になって、価格が高騰。製造コストが上昇し、採算が合わない業者が増えてしまいます。
また、1960〜1970年代にはイタリアの貝ボタンメーカーが日本市場に進出し、国際競争が激化します。日本の貝ボタン製造業者は、安価な海外メーカーに市場シェアを奪われてしまいました。しかも、かつて主要な輸出先であったアメリカでは合成樹脂ボタンの需要が増加し、貝ボタンの需要が減ってしまいます。こうして廃業を決断する業者が増えていったのです。
加えて近年は、中国が安価な貝ボタンをつくるようになっています。もっとも、中国の貝ボタン産業は本当に闇が深い。どんな種類の貝でボタンをつくっているのか、よくわからないのです。
私は仕事で、中国の貝ボタンを紹介されたことがあります。差し出されたのは、白いボタンです。白いボタンと言えば白蝶貝や高瀬が有名なのですが、雰囲気が安っぽくてどちらでもない。中国人に聞いてみるとざっくりと「真貝(しんがい)ボタン」だと説明されました。
真貝ボタンは、天然の貝を使ったボタン全体を指して中国で使われる言葉です。貝ボタンは普通、特定の原貝からつくりますが、なぜかそれを教えてもらえませんでした。おそらく中国が拠点を広めている東南アジアから原貝を仕入れているのでしょうが、具体的な種類は最後までわかりませんでした。こうした不透明さから、怪しくて使えないと忌避する会社もあるくらいです。
現在の日本では、貝ボタン産業は大きく縮小したものの、伝統を守る少数の職人や企業は存在します。高級ブランドやオーダーの服などに信頼が厚く、確かな技術がある。地道な職人技術と品質第一の精神は、今もなお息づいています。