鮮明な思い出

記憶の混乱で片づけるには、あまりに鮮明な思い出なんです。

その当時、うちでは犬を飼っていました。

チョコレートみたいな毛色の、大きなラブラドール。

名前は、そう、ベスです。僕とは物心ついた頃からの友だちで、家族でした。

それなのに、両親は否定するんです。

犬を飼っていたことは一度もない、おまえの記憶違いだと。

言われてみるとたしかに、写真の一枚も残ってはいません。

でもそれなら、僕とベスとの思い出はどうなるんですか?

それって、単なる「過誤記憶」とかいうやつなんですか?

あなた、おばけ屋さんならご存知ですか?

こういうのって、よくある話でしょうか?

またそういう話ね、って思っていますか?

だけど、いいですか? 僕にしかない記憶は、つまるところ誰のものでもない僕だけのかけがえのない記憶で、いまでも僕はベスとの思い出を胸に抱いて生きているんです。

それを否定することは、誰にもできないんです。

その旨、本にきちんと書いておいてくださいよ。

お願いします。

※本稿は、『こどもの頃のこわい話 きみのわるい話』(竹書房)の一部を再編集したものです。

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こどもの頃のこわい話 きみのわるい話』(著:蛙坂須美/竹書房)

幼少期に目撃した奇妙な光景、いま思い出してもぞっとする体験。

それぞれが己の胸にあれは何かの勘違いか夢であったと封印してきた記憶を静かに呼び覚まし、丹念に聴き集めた怪異取材録。