子どものころに出合った、奇妙な光景やぞっとした出来事…大人になった今でも「あれはなんだったんだろう?」と記憶に残っている不思議な体験はありますか。今回は、作家・蛙坂須美さんが体験者や関係者への取材をもとに綴った実録怪奇譚『こどもの頃のこわい話 きみのわるい話』から一部を抜粋し、追憶の怪異体験談をお届けします。
それはベス
建生(たけお)さんは小学三年生の頃、車に撥ねられた。そのときに頭を強く打ったせいで、約三週間、昏睡状態に陥ったのだという。
意識を失っている最中、建生さんの両親は理屈に合わない体験をした。
睡眠を削って息子に付き添っていた両親のうち、どちらか一方が自宅に着替えなどを取りに戻ると、決まって家が荒れているのだ。
しまっておいたはずの衣服が床に散らばっていたり、冷蔵庫の中をひっかきまわした痕跡があったり。
最も荒れ方が顕著なのは、建生さんの部屋だった。
本棚の中身が全て雪崩落ち、飾ってあったフィギュアは五体バラバラになっている。カーペットには泥のようなものが付着して、雨上がりの公園のようなにおいを放っていた。
当然のように怪しんだ。警察に知らせようかとも思ったが、金銭や貴重品が失せているわけではないから、物盗りの可能性は低い。
ひょっとしてこれは、建生さんのたましいが家に帰ってきているのでは?
非科学的な考えではある。けれど、藁にもすがりたい思いの両親はそんなふうに考えた。
建生さんの意識は依然戻らず、一進一退の状態が続いている。
もし家の異変が建生さんの仕業だとしても、それを回復の兆しと見做すべきか、あるいは死の予兆と考えるべきか、両親には到底、判断のつけようがない。
二人は、家が荒れるにまかせることにした。
これにはきっと、自分たちには理解できない深遠な意味があるにちがいない。生兵法は怪我のもと。下手にこちらから働きかけたせいで、最悪の結果を招かないともかぎらないではないか。